★認知行動療法? ネズミ心理学から考え直してみる~ 二つの選択肢 ― 2023年12月01日 08:18
心理療法では、モノの見方が変わる「認知的変容」と、反応や行動が変わる「行動変容」が起きるのが普通です。なので、全ての心理療法が「認知行動療法…的」なので、いわゆる「ニンチコウドウ療法」というのは固有名詞というか、それなりの独特で定型的な内容をもちます。しかし、それ以外の心理療法が日本では消滅!?しているような状況ため、何でもかんでも「ニンチコウドウ療法」とされそうです。なんとかの一つ覚え…。
ネズミはバカではないですねー。行動主義でいう「刺激」→「反応」という単純パターンもありますが、それなりに「細かく対応している…」と考えないといけないことが多々あり。
もう70年以上も続くのシンリ学的な動物実験、それも 犬 猫 ネズミ ハトに留まらず、金魚やウナギやサルでもいろいろな「シンリ学実験」をやっていた中で分かったことがありました。
○「右側か左側かにエサが出る実験装置」
例えば右側でエサが出る確率が60-70% (なので左側でエサが出る確率は40-30%)と設定します。人間ならば選択を続けているうちに、右側を6-7割選び左側を4-3割選ぶようになるのが普通です。これを「確率対応の反応」呼びます。しかし、低レベル?!の動物では必ずそうではなく、多く出る方の選択肢だけをズーッと選び続ける反応があり、これをマキシマイジング(maximizing選択)と呼ぶことがあります。
これは「多く出ている方を習慣的に選ぶ」だけですが、確率対応的な選択では、「さっきは右で出ていたけれども、何回も続いていたので、次は左かな…」といったよう選択を変えているわけです。ネズミを含む哺乳類はそうした選択のようなので、「それなりに考えているのでは…」というところです。考えているのか、何か感覚的なことかは不明ですけれども…。
ようするに、「ニンチコウドウ療法」が行動主義に基づくとき、人間をネズミ以下のものにみなしている点が気になるわけなんです―。人間の乳児は「まだ考えていない」かもしれませんが、幼児はすでに考えていて…それにも関わらず、行動主義に沿って「お菓子ないし罰」で制御しようとするように、私達が知性を失った見方をしていて大丈夫でしょうか…ということなんです。
ネズミはバカではないですねー。行動主義でいう「刺激」→「反応」という単純パターンもありますが、それなりに「細かく対応している…」と考えないといけないことが多々あり。
もう70年以上も続くのシンリ学的な動物実験、それも 犬 猫 ネズミ ハトに留まらず、金魚やウナギやサルでもいろいろな「シンリ学実験」をやっていた中で分かったことがありました。
○「右側か左側かにエサが出る実験装置」
例えば右側でエサが出る確率が60-70% (なので左側でエサが出る確率は40-30%)と設定します。人間ならば選択を続けているうちに、右側を6-7割選び左側を4-3割選ぶようになるのが普通です。これを「確率対応の反応」呼びます。しかし、低レベル?!の動物では必ずそうではなく、多く出る方の選択肢だけをズーッと選び続ける反応があり、これをマキシマイジング(maximizing選択)と呼ぶことがあります。
これは「多く出ている方を習慣的に選ぶ」だけですが、確率対応的な選択では、「さっきは右で出ていたけれども、何回も続いていたので、次は左かな…」といったよう選択を変えているわけです。ネズミを含む哺乳類はそうした選択のようなので、「それなりに考えているのでは…」というところです。考えているのか、何か感覚的なことかは不明ですけれども…。
ようするに、「ニンチコウドウ療法」が行動主義に基づくとき、人間をネズミ以下のものにみなしている点が気になるわけなんです―。人間の乳児は「まだ考えていない」かもしれませんが、幼児はすでに考えていて…それにも関わらず、行動主義に沿って「お菓子ないし罰」で制御しようとするように、私達が知性を失った見方をしていて大丈夫でしょうか…ということなんです。
by kasait [刺激的な心理学] [社会・社会学・心理学・文化] [つれづれに] [コメント(0)|トラックバック(0)]